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隠さない、その喜び 6

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-10-09 22:23:00

「それじゃあ、俺たちはこれで……あと、これからは電車の時間もなるべく合わないようにして下さいね?」

「はい、分かりました」

 もう一度頭を下げる男女二人を残し、さっさと会計を済ませ喫茶店を出る。この店に次に来るときはもっとゆったりと過ごしたいな、なんて思いながら。

「……その証拠、次があったら本当に使うつもりなんですか?」

「当たり前でしょ? 本当は今だって、警察に連れていきたいくらいだよ。横井《よこい》さんがあの男にああ言わなければね」

 意外だった。二度やらないための脅しなのかと思っていたのに、彼は本気の目をしていて。梨ヶ瀬《なしがせ》さんは、この出来事にかなり怒りを感じていたらしい。

 本当の本当に、梨ヶ瀬さんは私のことを……だったりするのだろうか?

「……ところでさ、あの話ってもう終わりだよね? 思ったよりすぐに解決したし」

「あの話って?」

「横井さんがストーカーされている間は、念のために俺の家に住むって話だけど……」

 ああ、言われてみれば。

 だけど今、向かっているのも梨ヶ瀬さんの部屋の方向なわけで。さて、これはどうしようかと考えてるとこちらをじっと見ている梨ヶ瀬さんと目が合う。

 ……ええと、なんでそんな真剣な眼をして私を見るんですかね、梨ヶ瀬さんは?

「そりゃあ、もうストーカーの事は解決しましたし……」

 これ以上、梨ヶ瀬さんのところにお世話になる理由はない。確かに、思ってたよりもあっけなく話が済んだけれども。

 それでも彼の心配事が一つ減ったのは間違いないのに、どうして梨ヶ瀬さんは不服そうな顔をしているのだろう?

「たった一泊しかしてないのに? その昨日だって横井さんは俺の存在を忘れて、一人で熟睡してたじゃないか」

「……はい?」

 むしろ、一泊で済んだことの何が悪いのか?

 いや……それはまあ置いとくにしても、昨晩に熟睡した事を責められてる気がするのは何故なのか。

「俺、今日はちょっと疲れててさ……」

 その遠回しな言い方に嫌な予感がする。いつもよりも爽やかな笑顔の
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